Archive for the ‘日記(Diary)’ Category
Book / アーキテクチャの生態系 著:濱野智史
木曜日, 6月 17th, 2010超ざっくり言うと、ここで述べられているアーキテクチャとは、インターネット上での人々の行動ルールを規定する仕組みのこと。例えばグーグルの検索システムだったり、ニコニコ動画のコメント付与機能だったり。
それを「生態系」と呼んでいるのは、過去〜現在までの様々なアーキテクチャが、ほぼ既存のアーキテクチャからの派生あるいは突然変異として生まれている点と、それらアーキテクチャを包括するインターネットそのものが、人間の欲望を糧として成長する一つの生命のような挙動を示しているからという2点に依拠しています。
現在のインターネット上のさまざまな人間行動は、進化を続けるアーキテクチャによって(無意識に)規定されており、アーキテクチャの進化には国民性や法律、経済システムなど現実社会のルールも複雑に絡み合っている、というのがこの本のおおざっぱなまとめです。
まず思ったのは、ソーシャルメディアがどーのこーのと騒がれ、様々な解釈が雨後の竹の子のように流通している現在の状況は、インターネットという予定不調和で偶然性がドライブするシステムを、何らかの秩序だったシステムとして捉えたいという社会的なニーズがあるためなのだな、ということ。
要は、今は「わけのわからないものを説明する」ことが、ビジネスとして成立しちゃっている段階。(5年後には成り立たなくなってるだろうけど、また新しいアーキテクチャが登場して、誰かが説明を与えてるんだろう。)
広告にたずさわっている以上、「ソーシャルメディア」と呼ばれている新しいアーキテクチャの中で、どう動けば、社会や企業、人(の生活)をもっと良くできるかをちゃんと考えていかないと、ただの「説明屋」でしかなくなっちゃうな。
たとえば選挙システム(ネット選挙・投票)のように、新しいアーキテクチャが既存の社会システムを変えようとしてる例もある。「広告」が「企業と消費者のコミュニケーションのあり方」だとすると、アーキテクチャがその関係をどのように変えられるのか、考えないといけないです、ね・・・。
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Diary / R25がiPhoneアプリでリリース。電子書籍はどうなるんだろう。
金曜日, 5月 21st, 2010
(ヤッパプレスリリース)電通とヤッパ、電子雑誌配信におけるiPhone用最適化システム「SpinMedia Remix」を開発、リクルートのフリーマガジン「R25」を本日より無料配信
R25のiPhoneアプリがリリースされていました。
使ってみましたが、けっこうよくできてました。
読みやすかったです。
アプリだと、毎号自動更新ができるし、読み手にとっても利便性が高そう。
あと、アプリの登録時に性別・生年月日・職業等を聞かれたので
iPhoneの位置情報等と一緒に、マーケティングデータを取ってるのだと思います。
リクルート頭いいなぁ。
色んなところでも言われていますが、今後、電子書籍は、
(1)小説、新書とかテキスト主体の本
→Apple、Amazon、Adobeなど、ソフトウェアベンダーが作る汎用リーダーで読む。
(2)ビジュアル多め、インタラクティブ、動画系コンテンツ
→単独のアプリで提供される(iPhone、iPadとか)
という感じに、住み分けが進んで行くのだと思います。
(1)は、アルゴリズムの精度とアイデアがものを言う世界。最低限、テキストデータがあれば出版行為が可能で、余計なコスト(制作費)がかからない分、小説家やライターは新しいチャレンジを始められる可能性がある。
(2)はどっちかというと、Webデザインと雑誌デザインのいいとこどりをした、プロプライエタリなデザイン+編集プロダクト。印字された言葉による情報のやりとりが、インタラクティブな仕掛けをともなって、全く新しい体験として人々の前に提示される可能性がある。(読み手の変化は、「編集」にも逆に影響を与えるかもしれないですね。)
ヤッパ(R25)の例は、(1)と(2)の中間的な市場を狙っているように見えました。
日本でもようやく、電子書籍への対応が騒がれはじめています。が、正直、著作権者の利益を守るとか、縦組への対応がどうとかはどうでもいいので、まずは感動で涙がぼろぼろ落ちたり、読みながら思わず大声で笑ってしまうような、新しい体験をさせてくれる電子書籍を、みんなで一緒になってつくれればいいのになぁ、と思う次第です。(まずは自分のできることから・・・)
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Diary / iPadの日本国内販売台数(勝手な予測)
水曜日, 4月 28th, 2010最初の兆候は、去年の夏にiPhone 3GSが出たタイミング。この時から急激に増えはじめました。2010年に入ってからは、これまでスマートフォンに絶対に興味なんぞ持たなかった女の子たちですら、こぞってiPhoneに機種変を開始。合コンでも、おもしろいiPhoneアプリを知ってるだけで話が弾むこともしばしば。。なんか違う意味で感動しています。
実際どれくらい売れてるんだろうと思って調べたら、こんな記事がありました。
iPhoneの国内販売台数 300万台(推測)
かなりの台数です。
で、続いて、じゃあこれから発売になるiPadは一体どれくらい売れて、iPhoneほどのムーブメントを起こすことができるのか?という疑問を解消するべく、iPadの販売台数をざっくり予想なう。
ネタ1:
日本国内のノートPC出荷台数(2009年) 約720万台
ネットブック構成比約10%(PC全体の)=約100万台
ネタ2:
日本国内のネットブックシェア比(2009年1月)
上記のソースを元に、iPadの主要な競合がネットブックだと考え、さらにAppleブランド+iPhone効果で新しいユーザを獲得すると想定し、20%の市場シェアを獲得できると仮定すると、iPadの年間販売台数はざっくり20万台くらい?
さらに、これをきっかけにネットブック的なものを知る女子とかおじいちゃんおばあちゃんも入れると、30万台くらい?(もう適当すぎ)
30万台というと、大学のクラス(50人)で1~2人、会社の部(20~30人)で1~2人が所有している、ってくらいが、正しい感覚でしょうか。
携帯電話であるiPhoneと違い、iPadはあくまで「2台目」のガジェットなので、最近のiPhoneを取り巻いているような(数年での)爆発的な普及には及ばないかもしれない。「従来の2倍近い通信料金をキャリアに払ってまで、iPadを買う価値はない」という消費者の気持ちを、料金プランとサービスがどこまで変えることができるかで、普及台数は大きく変わってくるんだろうな。
iPhoneもiPadも、企業コミュニケーションのプランニングという視点で見ると、普及台数が1,000万台くらいまでは、ある特異なターゲットのためのメディアとして扱うことになると思われる。そこを超えたらすごいし、その頃には広告もモバイル主導に変化しているんだろうなー。Appleが割と閉鎖的(スタンダードから外れた、っていう意味じゃなく)な動きをしていることが、それにブレーキを掛け続けられるのかどうか。
「電子書籍」の普及も、ほぼiPadの普及にかかってると思うので、その点でも今後の動向がきになります。
(追記)
アメリカでは初日に60〜70万台売れたそうです。すごい。
上の予想は、すでに間違ってる感。
http://news.ameba.jp/gizmodo/2010/04/62194.html
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Diary / Facebookのソーシャルグラフ
土曜日, 4月 24th, 2010
Fcebookが、重要な発表をいくつか行っています。
われわれはFacebookのプラットフォームを強力にすると同時に今までと比べ物にならないくらいシンプルで使いやすいものにしました。それが SocialPluginsです。Likeボタンはログインの必要なしに、ワンクリックでソーシャルグラフ情報を共有します。
Likeボタンはいくつかのソーシャル・プラグインのバリエーションを利用できます。ひとつはActivity Stream Pluginです。このプラグインはそのドメイン内の記事に関連するLike情報やコメントに限定して表示します。CNN.comのホームページがりようしているのがこれです。
本ブログでも、こちらのサイトを参考に、Facebook Like Button(いいね!ボタン)を入れてみました。動いてるんだろか。
今後、ネット上の個人アイデンティティはFacebookプラットフォームに集約され、あらゆるサービスがカスタマイズ化されていくのだと思われます。
Facebookが集約するのはあくまで「関係性」で「利益」じゃないから、だれもこの進化を止められないかもしれない。
そうすると、インターネットそのものが、オンラインのソーシャルプラットフォームってことになる。「ソーシャルメディア」という言葉は、もう過去の物になりつつあるのかな。
英語のできない日本人が置いてかれないことを祈る。
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Diary / ロシアン・チャット・ルーレット!chatroulette.com
月曜日, 2月 15th, 2010http://chatroulette.com/
17歳のロシア高校生が仕掛けた最もホットで奇妙なサービス“Chatroulette”などでも紹介されている、ロシアの17歳が作ったというビデオチャット、おもしろい。
カメラ付きのパソコンでサイトにアクセスし、チャットボタンを押すと、同サイトにアクセスしている世界中のユーザーから一人がランダムに選ばれ、チャットが始まるというサービス。
検索の「条件を何も設定できない」っていう点が、このサービスを成立させているのですね。
出会い系ならば「出会う」っていう最終ゴールがあるけど、このChatrouletteは「コミュニケーション」そのものが目的。相手はもはや誰でもよくて、「おしゃべりする」「誰かとつながる」ことを純粋に楽しみたい人のためのツール。
既存のチャットだってそうなのだけど、出会う相手をランダムにすることで、いかがわしい要素を排除してるところがおもしろい。(もちろん、いかがわしいことに使わんとせんとする輩もたくさんいるだろうけれど。)
でもなぁ。
こういう方法で快感を得ることを続けていると、いつか人類は、本物の「他人」を見失っちまわないかなぁ、などと思ってしまうのです。余計なお世話だろうけどさぁ。
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Diary / 阿佐ヶ谷スパイダース アンチクロックワイズ・ワンダーランド
土曜日, 2月 13th, 2010“反時計回りの”ワンダーランド。
阿佐ヶ谷スパイダース・長塚圭史さん作・演出の舞台、アンチクロックワイズ・ワンダーランドを下北沢・本多劇場で観てきました。
実は僕、舞台についてはほぼ初心者で、何がいいとか悪いとか、自分の中にまったく基準がありません。今回の公演も、長塚圭史さんがasahi.comでインタビューを受けていたのを見て初めて知ったというミーハーっぷりです。
で、どうだったかというと、とにかく素晴らしかったです。
無理矢理例えるなら、鍾乳洞の天井からしたたり落ちる石灰水のしずくが長い時間をかけて鍾乳石を作り出すように、舞台上で交わされる言葉のひとつひとつが、決して派手ではないけれど、ゆっくりと確実に心のひだひだへと染み込み、やがて自分の心の奥底に、悠然と水面を湛える「長塚圭史」という名の湖ができあがっていく。そんな舞台でした。(書いてて意味不明。笑)
個人的に、舞台は映画のサブセットであるという偏見をずっと持っていて、舞台という装置上で可能な表現の幅は、映画には到底及ばないだろうと思っていたのですが、そんな思い込みは見事にくつがえされました。
まず舞台って、登場人物とその衣装以外はほとんど何もないので、演出家のテクニック次第で、舞台上にあらゆる世界を表現できるのですね。時間も空間も自由自在にコラージュしてしまえる。なんのへんてつもない四角い木製の舞台に、複数の空間と時間を表現していた長塚さんの演出は、おおおーーっって感じでした。こんなんできるんか!という。光の使い方もグレェーーーーートでした。
ストーリーは、主人公である小説家が、ある事件を通して自身の中にある「仮想」の世界に触れてゆくという内容です。経験主義的な理解を超えた「仮想」世界の価値を問い直す、というメッセージを感じました。「脳と仮想」(茂木健一郎)で語られる非経験主義的世界や、映画アバターで登場する「科学では理解できない」世界や考え方に、近いものがあったと思う。
舞台がこんなに気持ちがよくておもしろいものだと知らなかった自分が、ほんとにもったいなかった。こういうものを世の中に出してくれて純粋にうれしかったし、感動したし、言葉の価値も再認識できたし、見てよかっただす。
作・演出:
長塚圭史
出演:
池田鉄洋
内田亜希子
加納幸和
小島 聖
伊達 暁
中山祐一朗
馬渕英俚可
光石 研
村岡希美
山内圭哉
スタッフ
美術:二村周作 照明:小川幾雄 音響:加藤 温 衣裳:伊賀大介
演出助手:山田美紀 舞台監督:福澤諭志 制作:伊藤達哉
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Diary / インハビタントと文化庁メディア芸術祭がそっくりな件。
月曜日, 2月 8th, 2010Diary / カート・ヴォネガットの創作講座
日曜日, 1月 31st, 2010
こちらのブログで拝見しました。
物語(ストーリーテリング)にとってすごく重要なことが端的にまとめられていると思うので、転載します。
《創作講座初級篇》
1.赤の他人に時間を使わせた上で、その時間は無駄でなかったと思わせること。
2.男女いずれの読者も応援できるキャラクターを、少なくとも一人は登場させること。
3.例えコップ一杯の水でもいいから、どのキャラクターにも何かを欲しがらせること。
4.どのセンテンスにも二つの役目のどちらかをさせること…登場人物を説明するか、アクションを前に進めるか。
5.なるべく結末近くから話を始めること。
6.サディストになること。どれほど自作の主人公が善良な人物であっても、その身の上に恐ろしい出来事を降り掛からせる——自分が何からできているかを読者に悟らせる為に。
7.ただ一人の読者を喜ばせるように書くこと。つまり、窓を開け放って世界を愛したりすれば、あなたの物語は肺炎に罹ってしまう。
8.なるべく早く、なるべく多くの情報を読者に与えること。サスペンスなぞくそくらえ。何が起きているか、なぜ、どこで起きているかについて、読者が完全に理解を持つ必要がある。たとえゴキブリに最後の何ページかをかじられてしまっても、自分でその物語を締めくくれるように。
1. は、どのような表現物においても言える基本中の基本的な考え方というか、心構えだすね。
7. は、コミュニケーションの基本!
8. は、伏線を張って最後に一気につなげるタイプの物語(一般的にイサカコータロー型と呼ばれます)とは違うアプローチですね。
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Book / 小川糸 / 食堂かたつむり [書評]
金曜日, 1月 29th, 2010こういった言葉たちが私たちに思い起こさせるのは、やさしくて争いのない世界のイメージです。雄大な自然に心身を溶け込ませ、春の日差しのように降り注ぐその恩恵を身体いっぱいに受け、ゆるやかな時間を生きる。そんな期待。
この小説は、田舎で暮らすことのディテールを淡々と描き切ることで、そんな私たちの淡い期待を見事に裏切ってくれます。
人との別れ、死、生き物を殺して食べること。
都会を離れ、雪深い山奥の町で暮らし始めた主人公が遭遇するのは、豊な自然がもたらす癒しというよりは、生きることの苦しみや悲しみでした。しかし主人公は、「料理」という方法で世界と向き合い、ひとりの人間としての正しい生き方を模索しようとします。
あらゆるものごとには入り口と出口があり、表と裏があります。
「食堂かたつむり」の素晴らしいところは、そのいずれをも、どちらに偏ることもなくあくまで冷静に表現しているところだと思います。
もちろん、料理にまつわるシーンもたっぷりと描かれています。どの料理も、今すぐ食べたくなるくらいに魅力的なものばかり!野菜たっぷりの「ジュテーム・スープ」なんて、本当に香りがただよってくるようでした。
誰にでも自分の「食堂かたつむり」がある。人生は、自分にフィットした「かたつむりの殻」を探すプロセスである。そんなメッセージが伝わってくる小説でした。
映画を見る前に、読んでみることをおすすめします!










