Diary / 乱立するカルチャー系・アート系ポータルサイトの行く末は?
木曜日, 1月 28th, 2010REDonePress
2010年1月、国内外のアートシーンを紹介するポータルサイト「REDonePress」がオープンした。アートの魅力やアーティストの生きる姿にスポットライトを当てることにより、国内アートシーンの発展と、日本人アーティスト情報の世界中への発信を目指すという。
取り上げられているアーティストは、ストリートに端を発するようなややアンダーグラウンドな人が多く、情報として新鮮である。記事によっては物足りなさを感じるものも多いが、これからどのような発展を遂げるのか楽しみである。
と、持ち上げておいてから落とすのもどうかと思うが、このようなエッジカルチャー(っていう表現は正しい?)を紹介する類のWebサイトは、需要に対して供給多寡だと思う。同じ情報が複数のポータルサイトで配信されることも多く、正直、どれを選べばいいのか悩ましい。ちなみに今の私のお気に入りはこんな感じ。
アート全般:HITSPAPER、PUBLIC-IMAGE.ORG
映像系:white-screen
展示会情報:Tokyo Art Beat
REALTOKYO、SHIFTは、最近は見なくなっちゃった。
書店に並ぶカルチャー系雑誌が、インタビュー系、読ませる系、カタログ系などに細分化していったように、これらのカルチャー系ポータルサイトも、いずれ個性の異なる数個に淘汰されていくのだろうな。
インターネットが登場して以来、世の中の情報量は恐ろしい勢いで増加し、それぞれの情報の相対的な価値は下がっている。その加速度はソーシャルメディアの登場により一段と増している。人がメディアになる時代の到来だ。アジャイル・メディアさんがやられているような、有名ブロガーを囲い込み広告配信システムを構築する方法は、非常に時代の先を読んでいた戦略だ。
今から100年以上も前、正岡子規の友人が『ホトトギス』という俳誌を創刊した。小さな雑誌ではあったが、正岡子規の句や、夏目漱石の『吾輩は猫である』の連載によってムーブメントが起こり、それ自体がひとつのカルチャーを作り出していた。世の中に新しい価値を提案したり、誰も見たことのない文化を世の中に伝えるという雑誌の純粋な存在意義が守られていた時代。ひとりの人間として正しく生きることについて思考することが、今よりもっと普通だった時代だ。
しかし、広告というシステムが根付いてしまってから、雑誌は商品を売るためのものになってしまった。発行部数を伸ばし存在し続けることが、いつしか目的になってしまった。そして、ネットを探索すれば情報を無償で手に入れられる時代に入り、無目的化した雑誌が垂れ流す情報は、ほぼその価値を失った。現在、多くの雑誌が廃刊に追いやられているが、本来残すべき価値のある雑誌が消え、収益性が高いだけの雑誌が残っていくような状況は非常に残念で仕方ない(がんばれ「デザインの現場」!)。
上にあげたようなカルチャー系ポータルサイトは、いずれも素晴らしい思想を持ち、広告収入だけに頼ることなくビジネスのマネタイズを実現しているように見える。ソーシャルメディアの力も借りながら、これらのサイトがずっと活動を続けてくれるとうれしいし、彼らを支えるようなコミュニケーションのモデルを、いつか提案してみたいと思う。