Posts Tagged ‘日記(Diary)’

アイデア生成のためのフレームワークまとめ

土曜日, 11月 28th, 2009

革新的なアイデアがザクザク生まれる発想フレームワーク55」と「案本」をベースに、アイデア生成のためのフレームワークをマインドマップを利用してまとめてみました。

ちょっと図が小さくてすいません。でも参考になると思います。

マインドマップは、フリーWebアプリのmindmeisterを利用しています。

もちろん、フレームワークは万人のために開発されたものなので、面白いアイデアを生み出す方法は、試行錯誤しながら自分で見つけ出すしかありません。ただこういったフレームワークを活用することで、自分の思考経路を客観的な視点で見直し、足りない部分を補うことができると思います。

なんて言ってないでがんばろーっと。


 
 

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Did You Know?

火曜日, 11月 24th, 2009

もはや有名な動画のようですが、初めて見たので掲載しました。

adtech NY で流された映像とのことです。

世界がどんな風に変わっているのか、具体的な数字で教えてくれます。

まあ、けっこう衝撃ですね。。

情報の伝達速度がいくら高速化されても、受け手である人間の情報受容スピードには限界があるわけですが、すでにその限界を超えた情報量が流通してしまっている状態なんですね。

広告コミュニケーションを組み立てる場合、受け手と送り手を媒介するメディアの種類と数量を調整する作業は必須ですが、メディアの種類はこれからもどんどん増え続けようとするはず。そのすべての特性と利用効果を把握して適切に使いこなすことなど出来るのだろうか。

メディアレップの存在価値は、これからどんどん高まっていくのかもしれない。

一方でクリエイティブに携わる人間は、情報過多、チャンネル過多の時代に人々が望んでいることを、ちゃんと感じ取っている必要がある。うむ。

「常識」は、常に変わっている不安定なものであることを、しっかり頭にとどめておく必要があることも、再認識できました。

 
 

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順天頂衛星システム(QZSS)

日曜日, 11月 15th, 2009

JAXAが開発中の「順天頂衛星システム」という新しい衛星によって、GPSの精度が大幅に向上する可能性があるようです。

愛称募集キャンペーン
愛称も現在募集中w
種子島行ってみたいけどなー。

距離の分解能が向上したとしても、時間分解能が追いつかないと、今のGPSと、できることはさほど変わらないという気がします。

測位技術でビジネスに革新が起こるとしたら、建物内の位置まで把握できるGPSが登場したときかも。まあ悪意を持って使われたら色々オシマイになりそうだけど・・・。逆に、こういうのを利用してセキュリティサービスの安全性がすごく高くなることには期待。

あと、コミュニケーションの話で言うと、たとえ家族や恋人であっても、自分の位置情報を数メートルの精度では知られたくない(笑

仮想のロボットとか幽霊みたいなのをこしらえて、そいつをリアルワールドと同じ地理情報をもつ仮想世界の中を自由に動き回らせて、「セカイカメラ」みたいなインタフェースで、人とコミュニケーションさせる的な使い方はできるかも。これいい。
 
 

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フットサルアイドル

日曜日, 11月 1st, 2009

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渋谷東急の屋上でやってるフットサルの大会に参加してきました。

試合前、なんだかピンクのチームがいるなぁと思ったら、どうやらアイドルチームらしい。しかしもって、見たことのある人はひとりもいない。(当然ですか)

チームにはファンの方も和気あいあいと混ざっていて、あれ、友達なの?みたいな距離感。そして、そのちょっと異常なコミュニケーションの場が生み出している、妙に近付き難いオーラ・・・

ああ、こいつらと試合したい!と思ったのですが、別の大会の参加者でした。無念。
 
 
アイドルってことは、どこかの事務所のチームなんだろうな。営業活動のひとつなんだろうけど、アイドルになる/アイドルで居続けるって大変そうだわ。
 
アイドルになりたいという願望の根底には、誰かに注目されたいというインサイトがある。「有名」であることへの憧れとも言うのだろうか。もちろん自分にもある。

「あんまりパッとしないけれど、応援したくなるアイドル」っていうカテゴリーはあるのかもしれない。
 
 

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ハナレグミ/光と影 @ Candle Night

木曜日, 10月 29th, 2009


 
 
※広告とは関係ない日記ですよ

Zepp Tokyoでのライブの記憶が薄れる前に、もう一度・・・と思って探していたら見つけた、ハナレグミの素晴らしいライブ映像。

たった4、5分で、人の心の深い深いところまで入っていけてしまう、音楽の力。

広告に何ができるかなんて、もはやどうでもよいことなのだ、と思う。
 
悩むなよ歌えばよいさ。
 
 

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つぶやくこと、コミュニケーションって?

水曜日, 10月 21st, 2009

Twitterの威力が増しているように思われる2009年の暮れ、日本。

私も本日、ウワサの粒谷区に転入してみました。「粒谷区」自体は、だから何?って言われると実は何でもないバーチャルなコミュニティなんだけど、小宮山雄飛さんの「つぶやくと渋谷区って似てね?」という小さなつぶやきが、ほんの数日でこういう状態にまで発展してしまったTeitterのスピード感は、既存のメディアには無かったものではないかと。

ちょっと話がそれますが、数年前、携帯電話のイチ機能として、「Push To Talk」というサービスがこぞって導入されたことがありました。キャリアによってサービス名は違っていましたが、1対多のトランシーバ通信(音声)を携帯上で出来るというものでした。でも、Push To Talkは大コケ。最近の機種にはプリインストールされていないはずです。

Push To Talkの売りは、いつでも誰とでも、即座に声と声でチャットできるということでした。つまり、既存の電話の弱点だった、ダイヤルする手間だとか、一対一でしか話せないという点をカバーしたもの。でも結局、声と声で、ホントにリアルタイムに話すことの面倒さは、人々に受け入れられませんでした。

一方で、Twitterがもたらす「他人のリアルタイムな状況を把握できる」機能を、人々はすんなり受け入れて楽しんでいる。ブログや掲示板よりさらに「リアルタイム」であることは、Twitterの最大の魅力であると言っていい。

うーん、この二つを並列に比べることがそもそも間違っているのだな。

1対1のコミュニケーション(会話、手話、1対1チャット・・・)には、「投げられたボールを投げ返す」という基本ルールがあります。Push To Talkが、(1対多とはいえ)その基本ルールを適用する前提のシステムであるのに対して、TwitterなどのNear-Real Time系のコミュニケーションは、その基本ルールを適用しなくとも参加できるようになっている。両者の差は、まあこの差なんだろうな。前提とする「つながり」の密度(逆に言うとゆるさ)が違うから、コミュニケーションの「場」への入りやすさが違う。

ソーシャルメディアが、コミュニケーションのフォームをよりフラットに、よりグローバルに変化させているのは大歓迎なんだけど、その裏で、1対1の、身体性を伴う、すなわち心の痛みを伴うコミュニケーションが失われているのかもしれないという不安を感じるのは俺だけだろうか。人類は楽してないか?そうでもないのか?
 
恐ろしくまとまりのない日記だな・・・
 
 

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女性支配が進むソーシャルメディア

火曜日, 10月 6th, 2009

女性支配が進むソーシャルメディア

アメリカでは、FacebookやTwitterなどソーシャルメディアの利用者は女性の方が多いらしい。

直感的にだけど、mixiを活用しているのも女性が多いというイメージがある。

ソーシャルメディア=コミュニケーションを広げるメディアと解釈すれば、コミュニケーションという行為においては、男性より女性の方が、よりオープンで積極的な考えを持っていると捉えてもいいのかもしれない。

あるいは、単に女性の方が自由にできる時間を持て余していた、って説も。

出典: メディア・パブ

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あやしげな「人権擁護法案」について。

火曜日, 9月 22nd, 2009

最近知りました。人権擁護法案というものについて。

サルでも分かる?人権擁護法案

法案内容の正否判断は個人に委ねられるべきですが、こういった法案がいつの間にか採択されてしまうことには、はっきりと問題があると言えます。

選挙時だけではなく、その後も政治問題についてちゃんとフォローすることは、選挙権のある人間にとっての義務だと思う今日このごろ。

ということで、ブログタイトルとは関係ありませんが、解説サイトのひとつにリンクを貼っておきます。(もちろんこのブログの意見も、数多くの異なる考えの中のひとつに過ぎないことを知っておいてください。)

 
 
 

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新年。

水曜日, 7月 22nd, 2009

「今年」という言葉は、有無を言わさず今の年のことを指す。

大晦日に今年と言えば2009年だし、元旦に今年と言えば2010年。

でも、新年、新しい年という言い方をすると、12月25日過ぎくらいから、なんとなく2010年のことを指すことになる。

つまり、「新しい」という形容詞は、その言葉を使う人が「新しい」と思っている指示語すべてに使うことができてしまう。

新しい時計、新しい本・・・ 何が新しいのかなんて、わかりゃしない。

と、ちょっとまて。

だいたい「今年」っていう言葉は、人間の作った年号というシステムの中でしか機能しない記号のはず。

ということは、「新しい」という相対的な記号は、人間が自分で作った定義を他の言葉で言い換えようとしているにすぎないのだなぁ。

なんだか、思った以上に、自分の考えはいろんなものに囚われてしまっているなぁ。

なんか支離滅裂な日記ですいません。

と、来年のお正月用広告を作りながら思う水曜日の夜です。
 
 
 

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麻生首相の顔がアニメみたいな件。

水曜日, 6月 17th, 2009

麻生首相

衆院本会議で臓器移植法改正案に関する討論を聞く麻生首相=国会内で2009年6月16日、藤井太郎撮影(毎日新聞)
 
 
素晴らしい写真だと思います 笑

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